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Dear NIPPON

〜もう一つの東京オリンピックへの道〜

このニッポン人から学べ no.2

このニッポン人から学べ

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榎本 武揚 えのもと たけあき

天保7年8月25日(1836年10月5日) - 明治41年(1908年)10月26日)

日本の武士(幕臣)、外交官、政治家。海軍中将、正二位勲一等子爵

 

 

今日紹介するニッポン人は、

日本人でもあまり馴染みがないと思います。

わたしも歴史の教科書ぐらいでしか知りませんでした。

 

しかし、

この方が下した断腸たる決断が

その後の日本を創ったのです。

 

時は幕末から明治維新にかけて、

日本には薩長を主体とする新政府とは別に、

 

北海道函館の五稜郭を拠点に

徳川旧幕臣を主体とした新政府とは別の政権を樹立しようという動きがありました。

 

言ってみれば、

日本に二つの政府がある状態です。

 

五稜郭といえば、

新選組副長土方歳三が討ち死にした場所で有名ですが、

その時指揮を取っていたリーダーがこの榎本武揚です。

 

結果的に、

新政府軍に榎本率いる交戦団体は函館戦争で敗れ、

新たに政権を樹立するという夢はかないませんでした。

 

普通なら戦争に敗れた側のリーダーは捕まれば処刑されるのですが、

当時国際法と呼ばれる法律知識に明るく、

その外交手腕を買われ、その後の新政府の外交官として登用されます。

 

そこでみなさんにお尋ねしたい。

函館戦争に敗れたその後、榎本がとった行動についてどう思われるか。

 

敗軍の将として函館で散った多くの仲間を思えば潔く処刑されるべきだ。

表舞台に出るべきではない。隠居するべきだ。

将来の日本のために尽力をつくしたその決断にあっぱれ。

 

など

いろいろ思うところはたくさんあると思います。

 

かの有名な福沢諭吉先生は、

当時榎本のこの決断に批判的だったようです。

 

わたし個人の意見としては、

物事を個人的な狭い感情だけで判断せず、

日本の将来というもっと大きな視野で物事を判断し決断されたその行動に

ただただ敬意を表したいです。

 

詳しくは下記のサイトを是非ご覧ください

 

その時歴史が動いた 「外交立国の志 いまだ死なず 榎本武揚 箱館戦争終結の決断」 (2003年) - YouTube

 

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