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Dear NIPPON

〜もう一つの東京オリンピックへの道〜

このニッポン人から学べ no.6

このニッポン人から学べ

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寺田雄司 てらだ ゆうじ 1959年1月13日〜

 

株式会社シー・エイチ・スリー 代表取締役
副業・兼業支援事業、インターネット通信販売、卸売業

企業コンセプト
1.個人~小事業・中小応援
2.地方や地域活力アップ応援
3.働きたいシニアの生き甲斐応援


お楽しみ様です。
野村美徳です。

 

今日紹介する方は定年を迎えられた方は特に必見です。
もちろん、わたしぐらいの若い世代の人にも素晴らしい影響を与えることでしょう。

 

わたしは以前自分がこれまで培ってきたライティングの技術を、
世の中に出回る素晴らしい「商品」や「サービス」をキラキラ照らす”灯台”になりたい。
と書きました。

 

すみません、一つ言い忘れていたことがありました。
実はもう一つあります。

それは、
「人」です。

 

世の中には名を挙げ世間に轟く名声を手にいれる人がいる一方で、
人知れず己の使命と生きがいと真摯に向き合い、これまでコツコツ積み上げた実績を一夜にして手放す勇気のある人もいます。

 

今日紹介する方は、
まさにそんな勇敢な精神を貫かれる人生の大先輩を、
僭越ながら、わたしのこのブログで紹介させていただきます。

 

この方との出会いは、あるセミナーで隣同士になったことがきっかけでした。
そこで隣同士1分間ずつお互いの自己紹介をする機会がありました。

 

そこで寺田さんのこれまでの人生に触れることができました。
なんと、勤続30年、東証一部上場の有名光学電子機器メーカー一筋で勤められ、その会社の海外支店の社長を務められてきた方だったのです。

 

(さぞかし安定したお給料と地位を得られているのだろうな)
と思いながらお話を聞いていました。

 

しかし、
あと数年勤めあげれば、定年退職でき、しっかりまとまった退職金ももらえるはずだったのを、
なんとその前に会社を辞めた、とおっしゃるのです。

 

寺田さんには申し訳ないですが、
その時のわたしの率直な感想として、

(何てもったいないことを・・・もうすぐ定年じゃないですか。たくさん退職金をもらえただろうに・・・嘱託としてまた会社に雇ってもらえるかもしれないじゃないですか。それをまたなんで・・・)

 

もし、わたしが寺田さんより年上で、キャリアが上であったならば、
おそらくわたしは、こう言うかもしれません。

「何バカなことを言っているんだ!定年退職間近の人間がとる正気と思える決断じゃない!」

 

事実、
これに似たような言葉を周りの人たちから言われてきたそうです。

しかし、
寺田さんは自らの意志で早期退職されました。


定年退職したらご趣味である、
スポーツ観戦を日本全国回ったり、好きな海外旅行にもいっぱい行くこともできたでしょう。
趣味の映画鑑賞や新しい習い事をすることだってできたでしょう。
晴耕雨読の悠々自適な第二の人生が待っていたかもしれません。


でも、
寺田さんはそのどれも選びませんでした。

では、何を選んだのか。
それは、

「使命」です。

 

わたしはどうしてももう一度、別の日にゆっくりと寺田さんの考えや想いを聞きたい!
そう思ったので、アポをとり、お話を伺う機会を得ました。

 

そこで改めて寺田さんのサラリーマン時代の経験や苦悩、独立時の決断や葛藤をお聞きすることができました。

 

独立の選択は、わたしなんかが到底想像することなどできない次元のレベルでのご決断です。


ご家族のこと、背負っているもの、年齢的な問題、年を重ねれば当然起こりうる体力の低下や気力の減少。

そうしたことを一つ一つとってもわたしの想像力では到底及びません。

 

そして、さらに驚いたことに、
独立した分野が今まで培って来られた電子機器の製造や営業といったこととは全く無縁の”インターネット通信販事業”だということです。

会社を退職されて、独学で数年間試行錯誤をして、それなりの形にしてこられたそうなのです。

 

わたしは思います。

「使命」や「ミッション」という言葉を軽々しく使う人がいますが、
そうゆう人たちが実際に行動を起こしていない、ということは少くありません。

 

そこで一つ、
この記事をお読みのあなたにお聞きしたいことがあります。
寺田さんがとられた決断や行動は、

 

その場の成り行き任せによってなされたものでしょうか?
なんとなく独立しようと思って選択された行動でしょうか?
定年後の特権として与えられる第二の人生を捨ててまでできることでしょうか?

 

わたしには、寺田さんの言葉で特に印象に残っている言葉があります。
それは、

「地方や地域の活性化をもっともっとしていきたい。そのためには、我々のようなシニア層ががんばらねばならん。活き活きといつまでも活動できる場がなくてはいかん。その場をわたしが旗印となって提供していきたいんです」

 

親子ほどの年の差があるわたしのような人間に、

「人間最後はどうあるべきか」
「どう自分の人生を締めくくるか」
「どのような”死に方”をしたいのか」について、

何時間も熱く教えていただけたのは感謝の一言です。

 

もし、この記事を読んで、
寺田さんの活動に興味があるならば、以下のサイトを覗いてみてください。

ジュピター | トップページ

 

そこに詳しいビジネスモデルや活動内容が書かれています。

一番は直接お会いしてお話を伺うことがおすすめです。

一度コンタクトをとってみるのも良いかと思います。

きっと快く対応していただけることでしょう。

 

今の時代、昔に比べて便利になりました。
直接会えないまでもeメールを送ることができるのですから。

 わたし自身寺田さんからパワーをもらいつつも、

「若いぼくら世代も負けてられんな」と率直に思いました。

 

こういう人がもっと世の中に知られなければいけない。
そう強く思い、わたしは今日もペンを握ります。

 

”一灯を提げて暗夜をいく
暗夜を憂うる事なかれ
ただ、一灯を頼め”

(人生行路のうちには、暗い夜道を行くようなことがあるが、
闇夜を心配することなく、ただただ自分の強い意志を頼りにするがよい)