Dear NIPPON

親愛なるすべてのニッポン人へ

才能という名のプレゼントを。

親愛なる日々努力を惜しまない同士へ

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gift。日本語に直訳すると贈り物。

 

実はこの英単語には、もう一つ別の意味がある。

天から与えられたもの。つまり「才能」のことだ。

 

人は、自分ができないことをできる人を見て、

「あの人は生まれ持った才能がある」や、

「あの人は特別な能力がある」といったように、一括りに考えたがる。

 

事実、そうかもしれない。

でも、本当にその人に”天賦の才”があるかどうかは誰にも証明できない。

 

なぜなら、パワプロウイニングイレブンといったテレビゲームのように、

個人の能力を明確に数値化できないからだ。


それでも、”あの人”は生まれながらにして特別な才能が備わっていると信じずにはいられない。


信じることをやめた瞬間、いま自分に才能がないのはただ単に努力していないからだ。と結論付いてしまうからだ。


あの人にはあって、自分にはない”才能”というものを探し求めれば求めるほど、
不運な自分の境遇を嘆くことができる。かわいそうな自分を慰めることもできる。

そして、最後にこう呟くだろう。天は我々を見放したのだと。


でも、俺は思う。

今のような情報化社会でうまく生き残るために必要な能力というのは、
何か特殊なことができるといった技能的な能力よりも、むしろ、

 

ある事実を知ってるか、知ってないかといった「情報収集能力」の方が価値があるのではないかと。

 

それには特別な才能はいらない。要は、知ろうとするか、しないか。

たったそれだけの違いだ。

 

世の中の仕組みを知っている人は得をして、知らない人は損をする。

そんな時代を生きているのだと改めて感じるね。

 

 

現代社会は情報戦

先日、韓国と北朝鮮のトップ同士が会談するという歴史的な一日となったね。

それを踏まえてアメリカや中国、ロシアといった大国がどう出るのか。

このまま何事もなく平穏無事にすべてが丸く収まるのか、それとも戦争という最悪なシナリオに発展してしまうのか・・・

 

決して他人事ではない。

幸か不幸か地政学的に、我らが日本は渦中の国々のど真ん中にある。苦笑

日本がこれからどういう立場を取るのか、ますます世界の動きから目が離せなくなってきたね。

 

もし仮に国と国とが戦争になった時、兵士や物資はもちろん重要だけど、それ以上に重要となるのが敵の情報だ。

ちなみに、人工衛星が打ち上げられた最初の目的は、敵の位置情報を察知するためだったり、コンピューターが開発されたのは敵の暗号を解読するためだったらしい。

 

つまり、相手よりも正確な情報を、より早く、かつ大量に集めることができれば、圧倒的に有利な立場を築ける。

 

もちろん、これは軍事的な話だけに限らない。

僕たちが暮らす現代社会でも情報収集能力は大きなカギとなる。

そして、情報収集能力を高めるためには、たった一つの行動を起こすしか方法はない。

 

それは、勉強することだよ。

 

読書離れが深刻

「勉強」と聞くと、何やら参考書を開いて机に向かってガリガリ学習することをイメージしそうだけど、そうではない。


勉強をするとは、突き詰めると「情報収集」するということ。

 

社会の見えないルールや世の中の仕組みを知ることも一種の情報収集。

人間関係をうまく築くコツを知ることも一種の情報収集。

他の人がなかなか体験できないことを経験することも一種の情報収集だ。


そして、こうした情報はお金で買える。

そのうってつけなのは、やっぱり本を読むことじゃないかな。

本を読むということは、つまり、情報を買うということに他ならないからね。

 

でも、ここ最近の”読書離れ”がかなり深刻らしい。 

大学生の生活実態調査で、53.1%が1日の読書時間を「0分」と回答したみたいね。

 

とは言っても、他人の人生に対してとやかく言う権利はないから、

「へぇー、そうなんだー」ぐらいにしか思わないけど、もしこの事実が本当ならもったいないことには違いない。

 

本ほど手軽に情報収集できるツールはないからね。

 

読書と情報収集能力の関係とは?

あと、これはまったく個人的な意見だけど、、、

 

読書という経験を積めば積むほど、情報収集能力が高まるのは間違いないと思う。

言い換えれば、「行間を読む力」がつくといってもいいかもしれないね。

しかも、なるべく難しい本を手にとった方がいい。


読書というと多くの人は、わかりやすい本を好む傾向にある。

紀伊国屋といった大きな本屋に行ってみると、
 
『わかりやすい○○な本』とか、

『よくわかる○○』という題名の本がベストセラーのコーナーに並んでるよね。

 

たしかに文章はわかりにくいより、わかりやすいほうが読みやすいに決まってる。

でも、内容までわかりやす過ぎるのはちょっと考えものだね。

 

というのも、「わかりやす過ぎる内容」ということは、

考え方によっては、自分の考え方や価値観をさほど大きく超えていないということでもあるからね。


つまり、読んですぐ理解できる程度の内容なら、わざわざ時間をかけて読まなくてもいいんじゃないかと。

 

そんな本ばかり読んでいても、なんとなくわかっていることの再確認にしかならない。

逆に、わかりにくい本や難しい本を読んだらどうなるか。 

 

まず、読めない漢字があれば、国語辞典で調べるしかない。

すると、語彙力が高まっていく。

 

よくわからない文章があれば、どういう意味なんだろうと考える。

すると、読解力が鍛えられていく。


自分と違う考え方や価値観に出会えば、どうしてなんだろうという疑問が湧いてくる。

すると、解釈力が磨かれていく。


本から『答え』を教えてもらうのではなく、

本を読むことで自ら『問い』を生み出し、その『答え』を探してまた次の本を読む。

こうして読書を通じて、

 
受動的ではなく、能動的に考える習慣が自然に身についていく。


内側から自発的に自分なりの答えを見つけていくことが本を読む目的であり、情報収集能力を高めていける最高のツールとなる。

 

現代社会で犯す最大の罪とは、紛れもなく「無知」であることだと思う。

 

”才能”という名のプレゼントを。

最後に、もう一度giftという単語の意味を考えてみよう。

 

贈り物。決して、「贈られてきた物」ではない。

意図せずして、棚から牡丹餅的に手に入れた物ではないということだ。


”誰か”が意図して贈ってきた贈り物。

じゃあその贈り主とは一体誰なのか?

 

そう。それは、他でもない自分自身だよ。

才能を惜しみなく自分にプレゼントしてあげるのか、それとも・・・

どちらを選択するかは自分次第だということ。


ゴールデンウィークの大型連休を使って、自分にたくさんの才能をプレゼントしてあげる。そんな素晴らしい休日を過ごせるといいね^^

 

 

 

 

 

 

 

ps.

この電子書籍はオススメ。 

敗者復活の「学問のすすめ」: 現代の身分制度を生き抜く知恵

古市幸雄

 

読み終わった率直な感想として、

「これ全部、20代前半で知ってたかったなぁー」かな。笑