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Dear NIPPON

〜もう一つの東京オリンピックへの道〜

決して大声では言えない不都合な真実 <税金編>

マインドセット

2020年7月24日 東京オリンピック開幕当日まで、あと1222

Chers mes amis

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F1の世界に「ポール・ポジション」という言葉がある。
Pole Position。通称PP。

 

F1に限らず、モーターレースは予選のタイムが良かった順に、決勝レースのスタート位置が決まる。
予選タイムベストが良ければ良いほど先頭の位置からスタートできる。

 

ポールポジションを獲る”とは、つまり、
”有利なポジション”でレースを進めることができるということ。


そして、
こうした「有利or不利なポジション」というのは、
どうやら僕たちが生きるこの世の中でもよく起こるらしい。

 

それも、知らず知らずのうちに・・・

 

今日はそんなマジメな、
そして、ちょっぴり残酷な現実の話。

 


※注意※

今日の内容は読む人によっては気分を害するかもしれないから、
そこら辺は自己責任で頼むよ。

 

 


初めての確定申告


はいはい、ちゃんと行ってきましたよ、確定申告。

案の定、ギリギリに提出しに行ったけど・・苦笑


厳密には2回目なんだけどね。(初めては、会社を退職した時に過払いの税金の還付申請をした時)


でも、1年を通して収入がいくらあって、経費をいくら使ったかを自分で計算したのは今回が初めて。予想通り、真っ赤っかだったわ^^


まずは、1年分(法人成りしてるから11月まで)の領収書やらレシートを月別に仕分けして、その後、会計ソフトにデータを入力していく。
こまめに整理しとくんだったなぁ、なんて思っても後の祭り。
まぁ、とにかく面倒くさかった。苦笑


ここで今さらだけど、

納税のしくみについて一応、おさらいの意味で書いとくね。


日本の税金を納める方法には、

「申告納税方式」と「賦課課税方式」の二つの方法がある。

 

納税者自らが所得や税額を計算して申告し、納税するのが申告納税方式。

所得税法人税相続税、贈与税、消費税などがこれにあたる。※確定申告はこっち。


一方、


国・地方団体等が納めるべき税金を計算して、納税者に通知するのが賦課課税方式。
固定資産税、自動車税、不動産取得税などがこれにあたる。


確定申告とは、前年の1/1〜12/31の間に稼いだ収入と、使った経費を事業者自ら申告しに来いよ!ぜってーチョロまかすんじゃねぇぞ!っていう、

事業を営む人にとっての義務であり、国からの無言の圧力である。

 

ちなみに、

感のいい人なら知ってると思うけど、
国(税務署)は、

 

「いいかお前ら(国民)、計算間違えずに、1円単位できっちり税金払えや!」

と、毎回口うるさく言うくせに、

 

「あの〜おたく、税金払い過ぎてるから還付いたしましょうか?」と、向こうからは絶対に言ってこない。

 

ちなみに、
これは貿易の世界でも一緒。

 

通関士として働いていた経験からわかるけど、
税番を間違えて、少ない関税率で関税を申告しようものなら、目の色変えて税関は修正申告を要求してくる。

 

逆に、関税を多く払うことに税関は何も文句は言ってこない。
(ただ、関税の場合、自分が払うわけじゃないから、死に物狂いで払い過ぎた関税分は取り戻しにいくけどね)

でも、そういう時に限って、お役所が好きな、面倒くさい手続きを踏まなければいけないのは、だいたい相場が決まっている。


どうにかならないものかね、この回りくどいシステム・・・って、しょっちゅう思っていたのをよく覚えてる。笑

 


起業家や経営者は稼げればOK!?


「起業家や経営者は稼いでナンボ。
とにかく、稼ぎまくることがすべてだ!」


この考え方が本当に愚かな考えだったと今ならよく分かる。
そして、これは多くの起業家が陥りやすいワナの一つというもの。

 

よく、ビジネスの世界における「オフェンス」と「ディフェンス」という言葉を耳にする。
オフェンスが、自分が今やっている事業で売上を伸ばすこと、とするならば、
ディフェンスとは、税務や会計といった経理の仕事になるのだろう。

 

「一、コピーライターではなく、一、経営者になれ!」

 

そう、口を酸っぱく周りの先輩経営者に言われていたこともあり、
2017年に入って、ここまでの3ヶ月間、
会計・税務関係やファイナンス(資金調達)についての本を読み漁ったり、
この分野に詳しい人物の元に直接学びに行ったりと、とにかく貪欲に知識を吸収してきた。


そして、
やっとこの言葉の真の意味がわかった。

 


「数字に弱いヤツは、優れた経営者にはなれない」

 


破産や倒産といったことと、常に隣り合わせで生きる経営者という生き物は、
”数字が読める”というのは、必要最低条件な能力なのである。

 


圧倒的不利なサラリーマンという立場

 

世の中には、”経済的有利な立場”で行動したいのだけれど、
強制的に”経済的不利な立場”に追いやられる人たちがいる。


それが、”サラリーマン”という人たちの現実のようだ。

 

ちなみに、サラリーマンの人で、
毎月自分がいくら税金を払っていて、社会保障費をいくら払っているのかを管理している人というのは、圧倒的に少数だと思う。


サラリーマン時代、自分もそうだったからわかるけど、
毎月の給与明細なんていちいち事細かに見ていなかったし、税金や社会保障費をいくら払っているかなんて、全然意識していなかった。

 

そして、好むと好まざるとに関わらず、


実は、サラリーマンが強制的に加入させられる厚生年金といのは社会構造上、損をするようにできている。国家権力によって加入を強制されているから、会社を辞めない限り脱退することはできない。


日本の税制では、源泉徴収と年末調整によって会社が税と社会保障費を徴収することになっているから、サラリーマンというのは、そもそも「納税者」ですらない。

 

ちなみに、ざっくり計算すると、

所得税、住民税、社会保障費など、すべてトータルにしたら年収の約3割は差し引かれている。


このような不利な立場に置かれているのは、就業人口に占める割合が圧倒的に大きく、
国の歳入がサラリーマンからの税収に依存しきっているから。


さらに、サラリーマンは所得の全てを国に把握され、税も社会保障費を給料やボーナスから天引きされるから、事実上「節税」というものはできないようになっている。

 

そして、毎年毎年、所得税率や社会保障税率を少しずつ引き上げている事実をうまく隠しながら、シレッと給料から天引きする国のやり方に、強烈な嫌悪感を覚えるのは、おそらく俺だけじゃないと思う。

 


税金は取りやすいところから取る。

それが暗黙の鉄則である。

 


そして、今の日本の財政が”火の車”状態である以上、
残念ながら、今後もサラリーマンに節税の道が開けることはないだろう。


つまり、こと「税金」という面だけで言えば、
サラリーマンという立場は、日本の社会制度の仕組み上、不利な側を歩かざるを得ないということ。(もちろん有利なこともたくさんある。不動産のローンが組めたり、クレジットカードの審査が通りやすかったり)


ちなみに、ある専門家は、
社会保障費(年金や医療・介護保険雇用保険、健康保険、など)のことを、
皮肉を込めて、社会保障”税”と言っている人もいる。

 

本当に、
もうこれ以上は勘弁して欲しいものだよ、まったく。


てか、こうした今の世の中の制度やしくみがわかってくると、
よくここまで搾取されてサラリーマンの人は爆発しないよなぁ、何て思ってしまうけど、あなたはどう思う?


ちなみに、わたくし、その爆発した一人ですけど、何か?笑

 

「節税」という言葉はなぜ生まれた?

 

そもそもの話。

 

税金とは、国民のために設備や建物をより良いものに改修したり新たに作ったり、自治体の手続きや運営をスムーズにするために使われたり、医療制度を充実させたりするものなどに使われるのだから、

本来、税金とは、国民一人一人が進んで納めるべきお金。いや、進んで”納めたくなるお金”となるはずだ。


でも、現実の世界はそうはなっていない。

 

と言うか、むしろ、
いかに少ない納税で済ませられるか、あれやこれやと法に触れない程度の節税法を日夜探している。

 

その理由の一つに、税金が、
政治家の横領、着服、不正受給など、政府や地方自治体によってワケのわからないことにお金を使われたり、一昔前にあった社会保険庁消えた年金問題なんかが大きく関係していると思う。

 

こうした事件が発覚する度に、

「とろくせ〜こと、やっとったらかんてや」そう、三河弁で心の中でつぶやく。 

そりゃ、マジメに税金を納めることがバカらしくなるって。

 

そして今、まさに渦中の森友学園の問題やオリンピック費用の増大などはその最たるものなんじゃないかな。こういう問題が出てくるたびに、つくづく気持ちが萎えてくるわ。。。

 

ただ、これが”人間の性なのだ”、と少し割り切っているところもあったりする。

横領や着服や不正受給は絶対にあってはいけないこと。それは疑いようのないことだとは思う。

 

でも、もし仮に自分がそうした渦中の立場にいたとしたら、果たして100%お金の誘惑に抗うことができるだろうか?そう自問自答して、

 

「はい、絶対に不正はしません!!」と、神の前で誓えるかと言われれば、答えに詰まるかもしれない。それは実際にその場に立ってみないとなんとも言えない部分もある。

 

なぜなら、その時の生活環境、時代背景、人間関係、抱える悩みなどで、人間の心理というのは簡単に変わるということを知っているからだ。

 

人間は、神や聖人君子ではない。

 

だから、こうした他人から後ろ指を指されるような不正に極力染まらないためにも、

ビジネスを起こして、自分一人で稼げる力を持つというのは最高のリスクヘッジになると、心の底から思うね。


こうしていろいろと日本の制度のしくみや成り立ちを学べば学ぶほど、
税金や社会保障費というのは、倫理的なことも含め、本当に考えさせられることばかりだということ。

 

そして、知らず知らずのうちに、”ババ”を掴まされている、何てことにいつの間にかなっているということも往々にしてある。

 

生かさず殺さず。まさに、茹でガエルのようにじわじわ痛みが出てくる感じ。


でも、

今さらなかなか人には聞けないナイーブなコトでもあるでしょ?

こうした公的なお金の話って。

しかも、話しずらい話題でもあったりするし。(でも、俺は言うけどね。笑)


そんな時は、ニュースの神、池上彰さんに頼ってみる。

それが一番手っ取り早いし、なによりもめちゃくちゃわかりやすいよ^^

 

 

いつの時代も最後にケツを拭かされるのは、決まって大多数の国民である。

過去の歴史からも証明されているように、それは間違いないだろう。

そして、幸か不幸か、歴史は繰り返される。

 

こうした事実をすべて踏まえて、

自分にとっての最高の「ポール・ポジション」はどこにあるのか。

これからも絶対に、ぜったいに、ゼッタイに、探すのを止めてはいけない。

 

 ちなみに、あなたはもう見つけた?

 

 

 

 

 

 

 

PS.

東京オリンピックの費用が当初7300億円だったのに、なんと3兆円超になる見込みらしい。

何に使うのかねぇ、こんな3兆円も・・・

てか、そもそも誰が払うんだろうね、こんな大金。。。

 

復興税のように、来年か再来年ぐらいにまたシレッと「オリンピック税」なるものが徴収されることになったら一緒に笑おうね^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PPS.

 

税金とはまた別の話だけど、、、


最近、郵便局で定額小為替(イメージは収入印紙みたいなもの)なるものを200円分買ったんだよね。
そしたら、なんと手数料が100円って!!まさか50%も持ってかれるとは。。。


郵便局員さんは何も悪くないのに、
ついつい思わず、口から出てしまった。。。

 

「ボッタクリか!」って。笑

 

局員の人に話を聞く限り、どうやら1000円の定額小為替でも、50円の定額小為替でも、一律100円の手数料がかかるそうな。
銀行の振込手数料と同じ仕組みってことかね。

 

 

 

 

 

 

 

 


PPPS.

 

最後に、

ドラゴン桜の桜木先生の名言を。

 

”社会にはルールがある。
そのルールはすべて頭のいい奴が自分たちに都合のいいように作っている。

 

そして、都合の悪い所はわざとわかりにくく作ってある。
つまり、頭を使わずに面倒くさがっていると、

一生騙されて高い金を払わされ続けるんだ。

 

頭の悪い人間はうまく利用されて搾取され続ける。
逆に、賢い人間はそれをうまく利用する。

例えば、税金、年金、保険、医療費、給与システム・・


騙され続けたくなかったら、損して負けたくなかったら、

 

お前ら勉強しろ!!”

32年目のシーズン

わたくしごと

2020年7月24日 東京オリンピック開幕当日まで、あと1243

Chers mes amis

 

”30代前半は、僕からみればまだ若い。

無理も利く。「自分はもう年だ」なんて感じなくていいと伝えたいね。
30歳を過ぎたある選手は、

「最近、疲れが抜けない気がするんです」と相談されたときは、
こうアドバイスするんだ。

 

「気がする?まぁ、気のせいだよ」”

 


       32年目のシーズンを迎えて

 

昔、矢沢の永ちゃんが言った、一言が忘れられない。

あるインタビューアーから自分のキャラとは正反対な振る舞いをするように頼まれて、永ちゃんはこう答えた。

 


俺が許しても、”矢沢”が絶対に許さない。

 


プライベートの”矢沢”とステージに立つみんなの”矢沢”を完全に切り離して自分という人間を確立した矢沢永吉さんならではの言葉。

矢沢ファンの一人として、この言葉に鳥肌が立つほど”カッコイイ”と感動したのはちょうど10年前のこと。

 

お陰さまで昨日、無事32歳を迎えました。
いろんな人にお祝いのメッセージを頂いて本当に感謝の言葉しかないです。
僕がここまで生きられたのはあなたのお陰です、と心を込めて一人一人にお伝えしたい。

 

そして32歳を迎えたということは、

同時に”野村美徳”の32年目のシーズンが始まったということ。


(スポーツ選手じゃあるまいし、何が”シーズン”だ・・)

そう、思うかもしれない。

 

これは完全に個人的な趣味嗜好だけど、”シーズン”という言葉を使うと、

一年一年勝負してる感があって自然に気持ちが高ぶってくる。

そして、何よりも単純に響きがカッコイイ^^


んでもって、スポーツ選手みたいで、「なんか俺ってイケてね?」みたいに一人で勝手に自分に酔いしれるために使ってるのは正直否めないけどね。


でも、敢えて”シーズン”という言葉を使うのにはそれなりに理由がある。
これは、毎年誕生日を迎える度に感じることでもあるんだけど、

それはこんな理由から。

 

『”野村美徳”という、一人の人生のプレーヤーとしての成長尺度を測るため』

 

どう?納得?
それはつまり、自分のことを客観的に見つめるためなんだよね。

 

プロ野球選手やJリーガーが毎年シーズン前に厳しいキャンプを経て、公式戦に臨むように、食うか食われるかの弱肉強食の世界で、しのぎを削る彼らは「自己成長」と「実績」を残すために膨大な練習時間と労力を費やす。

 

永ちゃんがプライベートの”矢沢”とステージの上の”矢沢”をはっきり区別するように、「自己俯瞰力」は、人生の一プレーヤーである以上、引退するまで必要不可欠な能力だということ。

 

じゃあ、”人生のプレーヤー”の引退とはいつなのか。

本当にそれって、定年を迎える時?

 

             自己俯瞰力の重要性


まぁこんな事自分でも言うのもなんだけど、結構この”自己俯瞰力”には、自信があるんだよね。というのも、自分の素行の悪さや口の悪さをよく反省したりするしね。苦笑

 

例えば、

自分の振る舞いが悪かったり、幼稚な態度をとってしまうと、後で、ハッと我に返って、

 

(よくもまぁ、30年もかけて意地の悪い人格を作ったものだ、お前は)と、猛烈に自己反省したり、、、

 

口から出まかせのように嘘をうまくついて、その場凌ぎの対応をしたりすると、

 

(よくもまぁ、30年もかけてペラペラと口が達者なペテン師を作り上げたもんだね、お前ってヤツは)と罪悪感に苛まれたり、、、

 

こんな感じで、もう一人の自分が冷静かつ客観的に監視してるんだよね。笑

 

でも、勘違いしないでね、

もう一人の自分と対話ができるスピリチュアル的なものとか、ホラー映画とかでよくある、もう一人の自分が見えたりといったようなものでは決してないから、安心して。笑

 

あと、

これは何も自分で自分のことを客観的に見るだけじゃなくて、他人の振る舞いや言動なんかを見てもよく思うね。


(このおばさん、50年もかけて一切ニコリともしない人物を作りあげたんだなぁ)とか、


(このおっさん、40年もかけて二言目には会社の悪口しか言わない嫌みな人格を作り上げたんだなぁ)とか、

 

(このじいさん、70年もかけて過去の栄光話を延々と繰り返して、自己顕示欲の塊かのような人間を作り上げたんだなぁ)とかね。

 

人の振り見て我が振り直せ、じゃないけど、反面教師なんてのはそこらじゅうにいるよ。

 

とは言っても、

あまり大きな声で他人のことばかり言ってられないけどね。


          人格という”崇高な作品”


◯◯会社の野村美徳です。という「◯◯会社」という肩書きがなくなってから、
これは特に思うね。

それは、


その人物が備えている、”人格”こそが全てだ。

 

ということ。

中小企業の業績は99%は社長で決まる、とよく言われる所以は、この人格が大きく関係しているのは間違いなさそうだね。


人格とは、その人が何気なく振る舞う行動であったり、考え方であったり、信用度であったり、魅力であったり、主体性であったり、大切にする価値観であったり・・

そうした総合的なものっていうのかな。

 

それはもう、何年もかけて作り上げた一つの芸術作品なのかもしれないね。


極端な話、

「”野村美徳”という人間を32年間やってます。自分では結構気に入ってます」って、胸張って誰かに言った時に、


「はぁ?何言ってんのお前?頭おかしんじゃねーの?」って言われるんじゃなくて、

 

「えーーーーーーーまじで?あの、のむら?えっ嘘でしょ?マジ?本物?」みたいな、人間的魅力を兼ね備えた人間になるということ。笑

 

どうせ生きるんだったら、大木の年輪のように、歳を経るにつれて少しずつ幹が太く、味のある人間になりたいじゃん?

それはとてもじゃないけど、32年ではまだまだ全然足りないよ。 


        今年50歳を迎える”あの人”からの叱咤激励!?


尊敬して止まない、”あの人”が2月生まれだということは昔から知っていた。
その人物とは。

そう、サッカー界のレジェンド、三浦知良選手。

 

何かの巡り合わせか、昨日、日経新聞のスポーツ欄にカズのコラムが載っていた。
それが冒頭に書いた言葉だ。

 

そして、

その続きはこう書いてあった。

 


Jリーグ創設時の20代が一番か、というとそうでもない。

50歳を迎えるにあたり、きょう、今この瞬間を向き合う一日が最も充実していると素直に思える」

 

そして、最後は、

こう締め括られていた。

 

 

 

「50歳はまだ5合目、見習いのカズです」

 

 

 

子供の頃から何かを達成したら、すぐに調子に乗ることは自分自身が一番よく知っている。
でも、こうした”カッコイイ大人”が人生の先輩にいる限り、身分不相応に羽目を外したり、虚勢を張ったり、そして、大きく道を外すことはない。(と、思う・・たぶんね)


野村美徳、32年目のシーズン。
奇しくも、今年カズも同じくプロ32年目のシーズンを迎えるという。

(一緒にするのは大変おこがましいけど、そこら辺は大目に見て)

 

最後に、

勇気を振り絞ってカズにこう聞いてみた。

 


「カズさん、最近パソコンの画面ばかり見ていて、目の疲れが抜けない気がするんです」

「気がする?まぁ、気のせいだよ」笑

 


カズからのありがたい誕生日のお祝いの言葉として、
50歳になった時に読み返せるように、それまで大切に保管しておこう。

 

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