Dear NIPPON

親愛なるすべてのニッポン人へ

この記事、見た?

Chers mes amis

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From:横国

 

今日は世間は気まぐれだという話。
ちょっと前にこんなニュースが報道されてたね。

 


みずほフィナンシャルグループ(FG)が1万9000人の人員削減を発表し、三菱UFJと三井住友の両FGがそれぞれ9500人、4000人相当の業務量削減を検討中』
 

 

いよいよ、大手金融会社が動き始める模様。俺の周りでは、最近この話題で持ちきりだった。

 
巷では、「銀行不要の時代が10年以内にやって来る」
人工知能(AI)が人間の仕事を奪っていくのではないか」
 

など、、、よくそんな話題が取り上げられてるよね。
それらが現実味を帯びてきた最初の一歩。そんなイメージで世間は捉えてる。


こうした時代の動きを幸と捉えるのか、不幸と捉えるのか、人によってそれぞれ違う。だけど、まぁ俺が単純に思うのは、世間って気まぐれだなぁってつくづく思う。こうやって時代の波に翻弄されるんだなって。


もし仮に、この記事通り、大手の金融会社が大量のリストラをするとしたら、それよりも規模の小さい地方銀行や信用金庫は一体どうなってしまうのか・・・


銀行がバタバタと潰れていくようになったら、融資を頼みの綱とする中小企業は今後どうなってしまうのか・・・


国の景気と経済の行く末を決める金融機関から始まり、これからいろんな業種、業界にこの影響は出るんだろうなぁって、簡単に推測できてしまうのが、なんだか不気味で怖いね。


でも、その一方で、、、


人員が足りなくて困っている業界もある。
介護・看護業。物流運送業。宿泊・飲食業などは、その代表的な業種と呼ばれてるよね。
 

最近は、居酒屋の定休日とか、ファミリーレストランの24時間営業がなくなってきているのはその影響なのかな。だからといって、何か特別不便になるわけではないんだけどね。笑

 

人員が削られる業界がある一方で、人員が不足している業界がある。
変な現象というのか、皮肉な状況というのか。なんだかなぁ〜

 

公務員、副業解禁

 

先月、こんな記事も出てたね。

 


『地方公務員も副業OK。一部の自治体で地域貢献を後押し』

 

 

俺は知らなかったけど、国家公務員や地方公務員は営利企業で働いたり、お金を得るのは法律で禁止されてるんだね。


これから人口減少をにらんで、地域活動の担い手などの確保につなげるらしい。
もしかして、これって表向きの理由なのでは?そう勘繰るのは俺だけ?

 

国の財源がなくなってきたから、あとは足りない分は自分で確保してくれ!って隠れた裏のメッセージがあったりするのかな?w


国に仕えて、国民の税金からお金をいただいているという感覚を持つ公務員の人たち。
今までは副業が禁止されていたのに、いきなり自分で稼いでもいいよって言われたところで、現場は混乱するのが目に見えている。

 

どこまでの副業がいいのか、どこまでがいけないのかの境もはっきりしないしね。何が良くて、何がダメなのか。とか。
副業をこっそりやって、懲戒処分を受ける公務員の話もよく聞くしね。

 

民間企業でも副業OK!しかも、、、


公務員だけでなく、民間企業でも同じ流れが出始めてるみたいだね。

副業をOKとする企業が結構出てきているとのこと。しかも、副業を推進している企業もあるのだとか。


人手不足を国民の兼業でまかなうのか、それとも人工知能やロボットでまかなうのか。はたまた、、、

 

いずれにしても、今までは考えられなかったことが現実になってきている。

まったく、世間ってヤツはとことん気まぐれだわ。。。苦笑

 


世間の気まぐれによる不都合な真実

 

世の中には表には公表されない「不都合な真実」というものが存在している。
あまり大きな声では言えないけどそれは厳然たる事実。


つまり、「本当のこと」だね。


ぶっちゃけ「不都合な真実」を口にするヤツは嫌われる。
おっ、なるほど!!だから、俺は嫌われてるのか^^

 
ちなみに、「適材適所」って言葉があるでしょ?
俺はこの言葉が嫌い。逃げの口実だと思ってる。

 

 

「できる人」は何をやらせてもどこに行っても結局は「できる人」。
「できない人」は何をやらせてもどこへ行っても結局は「できない人」。

 

「やる奴」は何をやらせてもどこに行っても結局「やる奴はやる」。
「やらない奴」は何をやらせてもどこへ行っても結局は「やらない奴はやらない」。

 

 

そう思わん?

 

じゃあ、「できる人」「できない人」「やる奴」「やらない奴」は、何がこの差を生むのか。


それは、生まれながらの素質じゃない。性格でもない。
もちろん、容姿も関係ない。

 

決定的な違いは、コレ。


「哲学」


何をやっても「できない人」は「哲学」を持っていない。
「哲学」がないから目標を描けない。目標がないから「計画」することができない。
「計画」がないから努力できない。

 

腰を落ち着けて物事に取り組めない。すぐに諦めてしまう。


公務員だろうが、民間企業のサラリーマンだろうが、事業主だろうが一切関係ない。

適材適所とかいう、都合のいい言葉に惑わされてはいけない。


なぜなら、一人一人『個人』の問題なのだから。

 


世間の気まぐれに翻弄されないために、世の中の動きを客観的に見つめ、これから自分はどう行動すれば良いのか。 
10年後、20年後の自分はどうなっていたいのか。
働き手として、これからの市場の変化にどう向き合っていくべきなのか。
 

時代の転換期と呼ばれる今だからこそ、自分のキャリアを長いスパンで考えるてみる必要があるんじゃないかな。

 

振り向くな君は美しい

Chers mes amis

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From:お台場


見ての通り、格闘技の試合の写真。
先日、知り合いのキックボクシングの試合を観戦してきた。

 

「野村さん、良かったら自分の試合を見にきてください」
そう知人から言われて、即答。

 

「もちろんです。力一杯応援させて頂きます」


生で格闘技を見るのは初めての経験。迫力がハンパじゃなかった。
選手の気持ちの高ぶり。観客の興奮。会場の熱気。全てが想像以上だった。

 

当日、会場は超満員。試合開始の時間が迫る。
リングに司会者があがり、選手入場のアナウンスをする。

 

観客の興奮は最高潮。両選手への応援合戦が始まる。
負けじと、俺も知人の名前を連呼する。


試合開始のゴングが鳴る。


試合は一進一退の攻防。うまく避けてはキックを繰り出す。
相手が前に出てくるところを、タイミングを見計らってカウンターをお見舞いする。
テンポ良くパンチとキックをうまく使い分け、徐々に相手との間合いを詰める。


「よっしゃ!」「いけ!」「攻めろ!」「どついたれ!w」
自然と応援にも熱が入る。声だけじゃなく、一緒に手も動いている。つっても俺が動かす手はまるで猫パンチのようだけどw

 

手に汗握る試合とはこのこと。一ラウンドが終わるたびに手のひらは汗びっしょりになっていた。

 

ラウンドの合間に時折、セコンドが選手が痛めた患部に何かをふりかけていた。

よく見るとサロンパスのスプレーだった。会場の中に一歩足を踏み入れた瞬間、懐かしい気持ちを感じたのはこの匂いのせいか。会場全体にサロンパス臭が充満していた。
昔、サッカーをやってた頃、よく振りかけていたのを思い出す。


試合はいよいよ最終ラウンド。


判定になれば、負ける。そう知人側のセコンドは判断したのだろう。
前のラウンドに比べて、攻めの意識が上がったことが、素人目でもはっきりとわかった。


両選手ともに疲労はピークに達している。

最後の最後まで両選手ともに一進一退の攻防が続いていた。

 

 

「カッカ!!」

 

 

ラスト10秒を知らせる音が鳴る。
このまま試合は終了か。誰もがそう思いかけた、その時だった。


相手選手の後ろ回し蹴りが知人のこめかみにもろに入る。

膝から崩れるように前のめりに倒れる。

 

ダウン。

 

一瞬の出来事だった。

間髪入れず、知人側のセコンドから白いタオルがリングに投げ込まれた。


レフェリーストップ。試合終了。

 

残念ながら、応援していた知人は最終ラウンドでKO負けしてしまった。
あまりに突然の幕切れに、しばし放心状態になる。


なかなか知人は立ち上がることができず、観客皆心配そうにリングを見つめる。
数分後、なんとか立ち上がり観客に振り向くことなくリングを立ち去る。

その後ろ姿に観客一同スタンディングオベーションで声援を送る。


結果は負けてはしまったが、最後の最後まで攻めの姿勢を崩さず相手に立ち向かっていく姿にとても感動した。


そういえば自分自身、こんなに感情をむき出しに熱くなったのはいつぶりだろうか。

そんなことがふと頭をよぎった。もう随分昔のことのように感じた。

 


そしてもう一つ。

この会場に来て思ったことがある。

 

 

今日ここの会場に来ている人の構図と比率は、まるでそのまま人生の縮図を表したものと同じではないか。

 


選手(セコンド含む)6人。ジャッジする人(運営者含む)100人。会場の観客1000人。
人生の挑戦者6万人。世の中を裁く政府・官僚・役人1千万人。批評家、傍観者1億人。

 

少し無理があるかもしれないが、それだけ自分の人生に対して全力で挑戦している人は少ない。

 

正直、知人のことを少しうらやましく思った。
こんなにいろんな人から応援されて、最高の舞台で自分の全ての力を出し切る姿に軽い嫉妬心が芽生えたのだ。

 

片や、俺はどうだ。

 

自分の人生に全力で挑戦しているだろうか?

自分との戦いに敗れてはいないだろうか?

限界を出し切らず、妥協ばかりしていないだろうか?

 

 

「おい!まだまだそんなもんじゃないだろ、お前の実力は!」

 

そう言われているような気がした。

 

目を閉じ、深呼吸をする。心の中でファイティングポーズをとってみる。

胸の前に拳を固めてファイティングポーズを取っている姿をイメージする。

 

そして、自分をこう鼓舞する。

 
「10代、20代と2ラウンドが終わって、第3ラウンドのゴングが鳴ったばかりだぞ!さぁ、これからも人生という名の荒波にガンガン立ち向かっていこう!」

 

目を開け、リングを見つめる。

もう嫉妬心は消えていた。 

 

 

立ち上がり、リングに向かって一言。

 

「人生、まだまだこれからよ」

 

 

 

 

 

 

 

PS.

写真の右側が知人。サムライスピリットに溢れるナイスガイ^^

よっしゃ、次こそは勝ちましょう!また全力で応援しに行くので!