この世に犠牲者なんて一人もいない。いるのは志願者だけ。
From:のむらよしのり 保土ヶ谷のコワーキングスペースより、、、
東京で働く47歳の男性通関士の話。
先月会社から突然9月中に大阪への異動命令をうける。異動の希望はなし。突然の辞令に青ざめる。当然家族は猛反発。50近くになって住み慣れた街を引っ越すなどありえない。
しかし大喧嘩を繰り返したのち、最終的には嫁さんが折れ渋々辞令を受諾。子供がいなかったことと家を購入していなかったことがせめてもの救いだったとのこと。
この話を聞いて俺はこう思った。
嫌ならなぜ断らなかったのか。東京なら通関業者なんてゴロゴロあるのだから転職だって楽勝だろう。それなりのキャリアがあれば同業他社から引くてあまただ。
しかし彼は「断る」という選択肢を放棄して、異動に応じるという選択をした。出世のためか。会社に恩を売るためか。世間体を気にしてのことか。それとも転職すると給料が下がることを恐れたためか。それは彼のみぞ知ること。俺にはわからない。
人は何かを決断するとき、常にメリット・デメリットを天秤にかけて49対51でせめぎ合っていると言われている。右の肩にメリットの天使が耳元で囁き、左の肩にデメリットの悪魔が囁く。そんなイメージだ。
「会社は理不尽なもので・・・」「会社が一方的に決めて泣く泣く異動することになって・・・」何を抜かす。まるで傷口を見せて同情を引こうとする子供のようだ。俺は一切同情しない。
最終的に異動すると決断したのは誰だ。そう。彼自身だ。断ることもできたにも関わらずだ。決して会社の人事部長から頭に銃を突きつけられて「異動しろ!さもなくばこの引き金を引くぞ!」と脅されたわけではない。間違えてはいけない。彼自身が異動すると志願したのだ。
選択肢に乏しく常に他責にする。これが社畜の正体だ。
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現役通関士本シリーズ第2巻「フリーランス通関士のつくりかた」をリリースしました。


