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Dear NIPPON

〜もう一つの東京オリンピックへの道〜

ワクワクの月曜日 vol.9

ワクワクの月曜日

2020年7月24日 東京オリンピック開幕当日まで、あと1599

 

お楽しみ様です。
のむらよしのりです。

 

東京オリンピックまでいよいよ1600日を切りましたね。

こうしてカウントダウンを自分なりにすることで”いま”の行動を強烈に意識できるのはとてもいいことですね。

 

今日は毎週月曜恒例の浅川さんの早朝勉強会に行ってきました。

 

今日は「寄付」について。

 

「援助をし過ぎると人は堕落する」

 

援助ばかり受けてると人は働かなくなる。

援助に依存して自分で考えたりしなくなる。

なんとなくイメージできますか?

 

よく駅前とかで、

「募金にご協力お願いしまーす!!」と呼びかける団体をよく見かけます。
盲導犬東日本大震災支援、動物愛護団体などなど

 

活動内容それ単体だけみると、本当に素晴らしいことをしているなぁといつも感心して見ています。
世のため人のため。大義名分は申し分ない。世間体もバッチリ。

 

でも、

 

寄付する側からしたら、
それってホントにその目的のために使うの?と僕は直感レベルで疑ってしまいます。

 

たぶんこれって誰しも持ってる感情じゃないかな?こうした疑惑みたいなもの。
(ひょっとしたら、ただ単に僕の性格が悪いだけかも・・・)

 

もちろん、集まった寄付金を本当に活動資金にあてる人たちがいるのも事実でしょう。
ただ、ここで問題なのはそうじゃない目的で使っている団体も少なからずあるのも事実だということ。

 

怪しさがぬぐいきれない。。。

 

ワインで例えるなら、

大きな樽の中にボルドー産の高級赤ワインが満タンに入っているとします。
でも、その中にたった一滴毒が入れば、そのワインは毒ワインになってしまいます。

 

いくら99.999999・・・%高級赤ワインだからってそのワインはもう飲めません。

そんな状況に似ています。

 

昔、あるお寺が東日本大震災のために4000万円寄付したそうです。
ところが、そのお金を追跡したところ、現地の人たちに使われていると思いきや、

 

寄付金集めの団体の飲み代、パチンコ代などに使われていたということがニュースになっていました。

 

寄付をする人と寄付をしてもらう人の間に「組織」が入るから話がややこしくなるのかな?
かといって、そうした仲介者がいないと寄付なんてできないしなぁ・・・
そもそも寄付ってなんだろうか・・・今日の勉強会ではそんなことを考えさせられました。

 

寄付が絶対ダメというわけではない。むしろ素晴らしい活動だとわかっている。
でも、いつも寄付しようか、しよまいか悩んでしまう自分がいるのも事実。

 

あなたはどうですか?

 

ちなみに、僕の最終的な意見は、

寄付金や募金に頼らなくてもいいような

 

「お金を生み出す仕組みを寄付する」

 

それが一番の解決策なのかなと思います。(^ ^)
早くそんな仕組みを寄付できる男になりたいですね。

 


PS

昔、フランスのパリにあるモンマルトルの丘(芸術家たちが集う地区)でハンディキャップ募金なる活動をする団体が、体の不自由な人に使うという目的で募金活動をしていました。

 

たまたまそこに居合わせたピュアで優しいハートを持つ僕は、10ユーロほど寄付をしました。
ところが、実はその団体、パリ界隈で暗躍する詐欺集団だと後で知りました。

 

こうした社会的弱者の方達をエサに、お金を巻き上げる団体がいると思うとますます何を信じたらいいかわからなくなりますよね。苦笑

 

だから、僕はこう考えるようにしました。

 

寄付した後、その寄付金がどう使われるか、に固執するのではなく、
誰かのためを思って寄付をしたという行為そのものに誇りを持とう!

 

ただ、もしあなたがパリに行くことになったら寄付金詐欺集団にはくれぐれも気をつけてくださいね。笑